尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの法会での開示 – 2026年03月29日

2026年3月22日から3月29日までの7日間、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは、寶吉祥リンチェンドルジェ・リンポチェ仏寺において第34回目となる閉関を行われた。同時に、30名の弟子を自ら導き、寶吉祥リンチェンドルジェ・リンポチェ仏寺閉関センターにおいて、2日から7日間にわたる閉関修行を初めて実施された。
直貢噶舉派は実修を重んじ、ことに閉関修行を最も重要とする宗派である。歴代の成就上師はいずれも長期にわたる閉関修行を行ってきた。リンポチェは、かかる歴代祖師の精神を承け継ぎ、1997年から2026年に至るまで、すでに34回の閉関修行を円満に成就している。リンポチェは、正信の仏法を弘め、広く衆生を利益せんとの大悲願をもって、修行および閉関を主軸とする寶吉祥リンチェンドルジェ・リンポチェ仏寺を建立し、さらに寺内に閉関センターを設立して、弟子に殊勝なる閉関の因縁を授けているのである。
2026年仲春、リンポチェは一年にわたり心を尽くして準備を重ね、初めて弟子たちを率いて閉関修行を行われた。閉関の開始にあたり、リンポチェはただちに除魔の修法を厳修され、弟子たちの障碍を清浄されたうえ、閉関中の行持に関する諸々の細部に至るまで懇切にご指導された。閉関期間中には、さらに自ら墨宝をお授けになり、折に触れて懇ろに諭され、その一字一句には弟子たちへの深い慈愛と行き届いた護念が満ちていた。そして閉関が円満に至るや、ただちに火供を厳修され、弟子たちの閉関中における種々の不足を補われたのである。
弟子たちは、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに対し、至心より深く感恩の念を捧げている。五濁悪世にあって清浄無比にして殊勝なる仏寺を建立され、大修行者として精勤に実修を重ねられる無畏の精神を示され、さらに今次の閉関を円満に成就されるとともに、大いなる慈悲の力をもって弟子たちを導き、得難き殊勝の因縁を賜ったのである。また閉関期間中においても、絶えず慈悲の加持を施され、常に護念を垂れられたことにより、弟子たちは無事に閉関を成就することができたのである。リンポチェの証量は深広にして、その慈悲は広大無辺であり、弟子たちはこれを深く胸に刻み、尽きることなき大恩徳に対し、尽きることのない感恩の念を抱いているのである。
3月22日午後3時30分、リンポチェは観音殿において法座にお上がりになり、慈悲をもって除魔の修法を厳修し、弟子たちの障碍を清浄された。さらに、アキ護法および武のアキの儀軌を修され、あわせて貴重なる仏法の開示を賜った。
今回の閉関は観音法門によるものである。先ほど行ったのは除魔の修法であり、これは弟子たちの業障が重いため、まず多くの法を修して清浄する必要があるからである。私が閉関した際には、法王は特に修法を施されることはなく、ただ閉関に入るよう命じられただけで、私はそのまま従った。それは法王が私に対して深い確信を持っておられたからである。しかし私は、あなたたちに対してはそのような確信を持っていない。あなたたちはいまだ真の修行者ではない。しかし、それでもこうして閉関を行わせているのは、私の願力によるものである。閉関は直貢噶舉における修行の方法である。中には入浴してよいかと問う者もいるが、そのような慢心は捨てなければならない。あなたたちは私とは異なる。私が行ったのは生死関であり、生死関においては入浴など許されず、本尊と相応する境地に至って初めて出関が許されるのである。あなたたちはせいぜい結縁としての閉関にすぎない。決して自分が真に閉関しているなどと思ってはならない。これは、ただ世俗の煩わしさから離れ、誰にも妨げられることなく、自らの過ちを省みる機会を与えているにすぎないのである。心は水面のごとく、まったく動じることなく静止させなければならないが、これは極めて困難なことである。いかなる行いにおいても、心中には常に六字大明呪を保たなければならない。
この数日の持誦回数は重要ではない。日頃どおり、できるだけ唱えればよく、無理に回数を増やす必要はない。もし十万遍を唱えることができれば三悪道に堕ちることはなく、百万遍を唱えることができれば浄土に往生できると、経典にも説かれている。もっとも、これらは閉関中における持誦においてこそ意味を成すものであり、日常における持誦とは趣を異にするのである。閉関を終えて出たからといって、何かが変わり、別人のようになれるなどと思ってはならない。そのようなことは起こらない。これほど短い期間では、何かを見たり、特別な感応を得たりすることはないのである。
もし体調に異変を感じた場合は、ためらわずに緊急ボタンを押せばよい。そうすれば担当の者がすぐに駆けつける。関房の中で命を落とすようなことがあってはならない。ボタンを押したからといって特に問題が生じるわけではなく、ただ閉関が中止となるだけである。決して自分勝手な考えにとらわれてはならない。万が一の事態となれば救急車を呼ばざるを得ず、前後の閉関にも支障を来し、ひいては仏寺全体に大きな影響を及ぼすことになるのである。数日の閉関によって体調が良くなるなどと期待してはならない。常に体を良くしようとばかり考えていても、そのようなことは起こらないのである。とりわけ費姓の弟子は、少しでも異変を感じたならば必ず申し出なければならない。(費姓の弟子は頻りにうなずいていた。)また朱姓の弟子も、閉関によって体調が良くなるなどと思ってはならない。そのようなことは決して起こらない。安心してよいが、関房の中で命を落とすことはない。リンポチェは、一人の男性出家衆に対し、閉関によって悟りを得られるなどと思ってはならない、そのようなことは決して起こらないと開示されたのである。
懺悔はしてよいが、ほどほどにすればよい。大声で泣き叫び、周囲を騒がせてはならない。そのようなことになれば、隣の者が閉関に専念できなくなる。もしそのように泣くのであれば、日頃きちんと懺悔していない証であるから、少し涙を流す程度でよいのである。これは感情を発散させるためのものではない。もっとも、結果として心理的な癒やしをもたらすことはあるが、それが本来の目的ではないのである。
弟子の中には、くだらないことばかり言い立てる者は少なくない。もし誰かが関房について少しも不満を口にするような話が私の耳に入るようであれば、今後は来る必要はない。日頃から他人のことばかり批判しているが、なぜまず自分自身を省みようとしないのか。特に女性の弟子の中には、そのような言動が目立ち、実に見苦しい。さらには入浴できるかどうかなどと聞く者までいる。
毎日5座から7座を修めればよい。各座の合間は休んでも構わず、休憩の長さは自分で判断すればよい。昼には少し休んでもよく、目を閉じる程度であれば問題はないが、豚のようにぐっすり眠ってはならない。
食事は毎回食べ過ぎてはならず、七分から八分ほどで十分である。食べ過ぎれば、体は消化にエネルギーを費やすことになり、持呪にも影響が出る。私自身、ときには一食抜くこともある。食べ物を無駄にしているなどと思う必要はない。あなたたちは日頃からすでに多くの食べ物を無駄にしているのである。閉関中は禁語とし、話してはならない。独り言も同様に許されない。あなたたちは普段から話すことに慣れすぎている。もし独り言を口にしたならば、直ちに懺悔しなければならない。さもなければ語の関は成り立たないのである。話したくなったときは、六字大明呪を唱えることで代えるべきである。
用件がある場合は、紙に書いて伝えればよい。例えば水が足りないのであれば、その旨を書いて出せばよい。ただし水が足りなければ水道水を飲めばよい。心配する必要はない、死ぬことはない。せいぜい腹を壊す程度である。この仏寺には行政スタッフがわずか六名しかおらず、あなたたちの三度の食事を用意するだけでも手一杯なのである。
持呪の際には、体の冷えや暑さの感じ方が平常とは異なることがあるため、保温に十分注意しなければならない。多少暑くて汗をかく程度であっても、服を脱いではならない。寒さを感じた時点で、すでに体調を崩していると考えるべきである。暖房はできる限り使用してよい。あなたたちは私とは異なる。私は拙火を修しているため、下着一枚であっても暑さを感じるのである。唾を吐いてはならない。もっとも、そのようなことはしないとは思うが、歯磨きの水は吐き出して構わない。飲み込めるとは到底思えないからである。持呪中に咳をした場合は十遍戻し、くしゃみは十五遍、あくびは十遍戻さなければならない。閉関中に見る夢は、いかなるものであってもすべて吉祥である。たとえ悪夢であっても吉祥であるから、夢に執着してはならない。部屋の中に空の瓶を置いてはならない。それは閉関が円満でないことを象徴するからである。坐布団をむやみに動かしてはならず、一座の途中で立ち上がって他のことをしてはならない。例えばトイレに行くことも含まれる。したがって、あらかじめ必要なことはすべて済ませておくべきである。もし途中で立ち上がった場合、その一座は最初からやり直さなければならないのである。
毎日、最初の一座に入る前に、まず金剛薩埵を持誦する。何遍唱えるかは各自で決めればよい。一座とは、一定の回数を定めて修することであり、その回数も各自の判断に任せる。あなたたちは浄水を用いることがないからである。続いてリンポチェは、念珠を加持する際の観想について弟子たちに教示され、さらに次のように開示された。一座を終えた後に唱える内容が記されたものがあり、見つかれば与えるが、もし無い場合は、一座の後に「本尊・上師・護法に供養し、阿耨多羅三藐三菩提に回向する。すべての衆生に修行の因縁が与えられんことを願う」と唱えればよい。特定の対象に回向してはならない。今夜はまず一座を修め、その後にアキの修法を行えばよいのである。
ほかに何か問題はあるか。私のように入浴せず、髪も洗わないなどということを真似してはならない。スキンケア用品は使用して構わない。そうしなければ、閉関を終えて出たときに、夫に気づいてもらえなくなるかもしれない。続いてリンポチェは出家衆に対し、ほかに質問があるかと問いかけられた。(出家衆は「報告いたします、リンポチェ、特に問題はございません」と答えた。)そして、3月29日午前9時30分に、火供を修す予定であると示されたのである。
その後、弟子たちは恭しくリンポチェを法座よりお見送りし、ただちに関房へと入ったのである。
3月26日正午頃、弟子たちが食事を受け取る際、リンポチェ自筆の墨宝が掲げられているのを目にした。「汝ら、なお二日をもって出関する。残る二日間はやや歩みを緩め、休息の時間を長くとってよい。午後は室内が暑くなるため、必ず空調を使用し、熱中症を防ぐように。師は日々、汝らに加持を施している。汝らの閉関が人生においても仏法においても進展を得て、すべて円満吉祥ならんことを願う。リンポチェ記す。」その一字一句には、上師が弟子に寄せる極めて繊細かつ深遠なる慈悲が満ちあふれ、弟子たちの修行と心身のすべてを包み込むような、無尽の護念が込められていたのである。弟子たちはこれを恭読し、涙を抑えることができず、上師の深く細やかな悲心と周到なる護念に触れ、言葉では尽くし得ぬ感恩の念を抱いたのである。
3月28日、リンポチェの閉関が円満に至ろうとする頃、数十羽の鷹が静かにリンポチェの関房上空を旋回し、やがて仏寺の上空へと大きく舞い上がった。細やかな雨が天より降り注いだが、身を濡らすことなく、あたかも甘露が遍く降り注ぎ、万物を潤すかのごとき瑞相であった。リンポチェの大悲の願は深く広大にして、諸天これを讃嘆しているのである。
3月29日早朝、リンポチェは円満に出関された。弟子たちもまたリンポチェのご指示のもと、午前8時を過ぎて順次出関した。このとき、空には細やかな雨が降り始め、ひときわ清涼にして、あたかも上師の慈悲が衆生に遍く行き渡るかのごとき趣であった。
午前9時30分、リンポチェは法座にお上がりになり、火供の修法を厳修された。修法に先立ち、リンポチェは火供壇城の前にて次のように開示された。火供を修するのは、弟子たちが閉関中に生じた種々の不足――たとえば睡眠やあくびなど――を補うためである。あなたたちの多くはすでに六十歳を超えており、走ることすらままならない。このためリンポチェは、一人の男性出家弟子と一人の女性出家弟子に指示し、衆生を代表して供物を火供壇城へと投入させた。続いてリンポチェは、荘厳なる火供の法冠を頂き、法衣を身にまとい、修法を開始されたのである。
リンポチェは自ら火供壇城の周囲に沿って時計回りに吉祥草を配し、係の者に点火を指示された。たちまち燃え上がる炎は殊勝なる形相を現し、その姿は千変万化して、あたかも火神や本尊が顕現したかのごとく、まことに荘厳無比であった。このとき大地は震動し、数十羽の鷹が大殿および火供壇城の上空を旋回し飛翔し、まるで空行母が降臨して守護するかのような光景が現れた。二人の出家弟子は衆生を代表し、リンポチェの御手より供物を受け取り、交替で火供壇城へと投じ、本尊に供養した。リンポチェはまた弟子たちに対し、同時に六字大明呪を持誦するよう指示された。その刹那、薄く霞む細雨の空は一転して明るさを増し、春の陽光は柔らかく降り注ぎ、清風はそよぎ、蝶は舞い、大殿前の池には蓮華が咲き誇り、蛙は声を合わせて鳴き、金色の鯉は幾度も水面に躍り出た。法界の一切衆生は、ひとしくリンポチェの功徳と法益に浴したのである。やがて薈供の儀軌が修され、弟子たちは上師ならびに諸仏菩薩とともに供物を受用するという、得難き殊勝の因縁を賜った。弟子たちの心には尽きることのない法喜と感恩が湧き満ちたのである。
リンポチェは禅定の中にあって三時間余りにわたり連続して修法を行われ、火供は殊勝円満に成就した。続いて午後1時、大殿において火供の殊勝なる功徳について開示されたのである。
本日、弟子たちの閉関を円満ならしめるために火供を修したのである。チベット仏教においては、火供はリンポチェのみが修することのできるものであり、一般のカンポは煙供までにとどまる。火供は単に法本を読み上げればよいというものではなく、自身が本尊と相応する境地に至ってこそ、初めて成り立つものである。かつて私が直貢噶舉に初めて触れた頃、法王は一度火供を修され、さらにもう一度は2007年の閉関後に、三日あるいは七日間にわたる火供を修された。ゆえに火供は極めて重要な修法である。
当初、この仏寺を建立する前に、私は四度の火供を修し、建立後にもさらに四度の火供を修した。火供には「息」「懐」「増」「誅」の四種があり、「息」は息災、「懐」は懐柔、「増」は増益、「誅」は殺を意味する。ではなぜ火供を修するのか。この一帯はもともと人里離れた山野であり、多くの有情が存在しているためである。もし建立に先立って四度の火供を修していなければ、工事の過程において必ずや様々な問題が生じていたであろう。幸いにも、八年に及ぶ建設期間中、大きな事故が起こることはなかった。建立後にさらに四度の火供を修したのは、この土地とこの仏寺が、絶えず衆生を利益し続けることを願ってのことである。火供が修されているがゆえに、誰であれこの仏寺に参拝する者の得る福報は、他と同じではない。とりわけ台湾において、短期間のうちに八度もの火供を修することは極めて稀である。火供の修法は非常に労力を要するものであり、先ほども三時間にわたって修されたことからも明らかである。
「息」の火供は、病苦や障礙を鎮める働きを有する。「増」の火供は、福・智慧・寿命・財を増長し、円満と安楽をもたらす。「懐」の火供は、病苦を癒やすとともに、財や地位、権勢などを引き寄せる力を有する。「誅」の火供は、悪行や悪業による障礙を調伏するものである。
火供の出世間における利益について述べる。まず「息」の火供は、所知障および煩悩障の二障を滅除し、東方仏・金剛薩埵ならびに諸息本尊の報身仏としての成就果位を得るものである。「増」の火供は、福と智慧の資糧を増長し、南方の報身仏および諸増本尊の報身仏としての成就果位を得るものである。「懐」の火供は、福と智慧の資糧を勾召するとともに、所知障・煩悩障の二障を滅除し、西方阿弥陀仏ならびに諸懐本尊の報身仏としての成就果位を得るものである。「誅」の火供は、我執を断ち、四魔を除き、忿怒尊の空性智慧をもって二障および四魔を打破し、北方不空成就仏ならびに諸誅本尊の報身仏としての成就果位を得るものである。
火供は金剛乗において極めて殊勝なる法門であり、供物を焼供することによって本尊に供養し、上は諸仏に供え、下は六道に施すものである。これにより速やかに業障を消除し、福と智慧の資糧を円満ならしめ、世間および出世間の二種の成就を得ることができる。そもそも仏法の修行とは、外在の種々の儀軌を通して、各人の内に本来具わる仏性を啓発し、苦を離れて楽を得ることにほかならない。火供においては、行者は仏および護法尊の宮殿、壇城として観想し、外には火の相を現じ、内には諸仏・護法尊およびその眷属が住するものと観ずるのである。さらに供物は無量無辺に広がる供養として観想され、上は上師に供えられ、行者の修行による功徳力、諸仏菩薩の加持力、そして参列者の至誠の力が相応することにより、速やかに業障を滅し、六度を円満し、自利利他を成就するのである。
供養の対象は大きく四つに分かれる。第一に、諸仏菩薩および本尊への供養である。第二に、護法尊ならびに力を有する諸天への供養である。第三に、一切有情衆生への供養である。第四に、諸鬼および餓鬼道の衆生への供養であり、とりわけ自らが悪業によって負っている債主に対して特別に供養するのである。
火供にはいかなる功徳があるのか。「息」の火供は、自身の病苦や障礙を鎮め、あらゆる悪行・悪業を克服する。「増」の火供は、福・智慧・寿命を増長し、財を満たし、円満と安楽をもたらす。「懐」の火供は、病苦を対治し、権勢や地位を増長する。「誅」の火供は、悪行・悪業および諸障礙を調伏するものである。要するに、寿命を増し、病を除き、運を転じ、智慧を開き、福を植え、子を得、悪業を解消し、事業を興し、家庭を和合させ、国家を安んずるなど、その功徳はまことに無量無辺である。さらに火供は、衆生を済度することも可能なのである。
火供の主法者に求められる条件は、次のとおりである。第一に、いずれかの本尊において成就を得ているか、あるいは三年以上の閉関を行っていること。第二に、顕教と密教に通達し、正統なる伝承を具え、儀軌に精通していること。第三に、大菩提心を具えていること。第四に、三乗の清浄なる戒、すなわち解脱戒・菩薩戒・密乗戒を具足していることである。火供は一般の仏教儀式とは異なり、主法者に対して極めて高い資質が求められる修法である。ゆえに、誰もが行えるものではなく、出家者であってもこれを修することはできず、必ずリンポチェ以上の位にある者によって執り行われるべきものである。
火供に参加するにあたり、いかなる点に留意すべきであろうか。最も殊勝なのは、菩提心をもって、一切衆生が火供を通じて安楽を得ることを願うことである。もし発心が現世の安楽を求めるものであったとしても、上師および三宝の加持力によって願いが満たされることはあり得る。しかし本来は、一切衆生を利益することを目的とすべきであり、たとえ財や地位などを願うとしても、いかなる祈願においても「一切衆生を利益するために」との願いを先に立てるべきである。また供物は、定められた順序に従って受け取り、割り込みや混雑を生じさせることのないよう心掛けるべきである。以上が火供に関する初歩的な理解と認識である。
続いて、リンポチェは大衆を導いてアキ護法および武のアキの修法を修された。
アキの修法を終えられた後、リンポチェは弟子たちに対し、「出関後、体調に不調を感じる者はいるか」とお尋ねになった。これに対し弟子たちは「ございません。リンポチェに深く感恩致します。」と答えたのである。