尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェによる寶吉祥リンチェンドルジェ・リンポチェ仏寺での閉関修行円満成就ならびに第2回弟子閉関修行および金剛薩埵法会の円満成就
2026年6月19日から26日までの7日間、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは、寶吉祥リンチェンドルジェ・リンポチェ仏寺において閉関修行を行われた。これはリンポチェにとって第35回目の閉関修行である。また、リンポチェは29名の弟子を率いて指導され、寶吉祥リンチェンドルジェ・リンポチェ仏寺閉関センターにおいて、第2回目となる3日間から7日間の閉関修行を行われた。
リンチェンドルジェ・リンポチェは、歴代の直貢噶舉の祖師方が重んじてこられた実修と閉関の精神を受け継ぎ、1997年から2026年までの間に、すでに35回の閉関修行を円満成就された。リンポチェは、正信仏法を弘め、広く衆生を利益するため、広大なる悲願をもって修行と閉関を主眼とする寶吉祥リンチェンドルジェ・リンポチェ仏寺を建立されるとともに、寺内に閉関センターを設立された。そして、弟子たちにこの上なく尊い閉関修行の因縁を慈悲深くお授けくださっている。
本年3月、リンチェンドルジェ・リンポチェは初めて自ら弟子たちを率いて閉関修行を行われた。それから数か月を経て、リンポチェは再び慈悲をもって弟子たちを閉関修行へと導かれた。閉関に入る前、リンポチェは慈悲深く修法を行い、長時間にわたり弟子たちを加持して修行の障碍を清浄にするとともに、閉関期間中の実践に関するさまざまな事項について詳細に開示された。閉関修行が円満に終了した後、リンポチェは直ちに金剛薩埵の修法を修持され、弟子たちが閉関中の真言持誦において生じた不足や欠損を補ってくださった。
閉関期間中、弟子たちはそれぞれの関房において、リンポチェが真言を持誦される法音を耳にし、さらに勝妙なる香りや大地の震動、全身が温かくなるなどの殊勝なる加持を体感した。弟子たちは、上師が常に衆生を摂受し、慈しみ護念してくださり、片時も見捨てることなく寄り添ってくださっていることをより深く実感した。そのおかげで障碍が取り除かれ、心身ともに安らぎを得て、無事に閉関修行を成就することができた。弟子たちは、この五濁悪世において、このような功徳を具えた金剛上師に巡り会えたことは、まさに百千万劫にも遭遇することの難しい殊勝なる善縁であることを深く実感している。
弟子たちは、上師に依止することこそが一切の修行の根本であり、修行は上師の摂受と加持、そして教導を離れては、ついに成就することはできないことを深く体得した。ただ、生々世々にわたり上師に依止し、その教えを奉じて実践していくことを願うのみである。
6月19日午後3時30分、リンポチェが観音殿において法座に登られ修法を始められると、幾度となく涼やかな風が吹き渡り、午後の暑さを和らげた。参列者はたちまち心身ともに清涼となり、静けさと安らぎに包まれた。
リンポチェはまず六字大明呪を持誦された。その時、まるで細やかな甘露の法雨が降り注ぐかのように感じられ、勝妙なる香りが一面に漂った。リンポチェの眉間からは光明が放たれ、お顔は光り輝き、千手千眼観世音菩薩の尊像もまた光明に包まれて燦然と輝いた。法会の最中には、シラサギや黒い鳥が金色の屋根の上空を悠然と舞い、蝶やトンボがガラス張りの外壁の外側を飛び交った。続いて、リンポチェは慈悲をもって修法を行われ、弟子たちの修行における障碍を取り除いてくださった。修法の最中には大地が震動し、その加持力はまことに不可思議にして殊勝であった。さらにリンポチェは、慈悲に満ちた眼差しで弟子一人ひとりを長時間にわたり加持された。その後、リンポチェはアキ護法および武のアキ護法の儀軌を修持され、続いて貴重なる仏法の開示を賜った。
仏法における閉関とは、何かを得るためのものでも、何か別の存在へと変わるためのものでもない。7日間閉関したからといって、出てきたときには何かが変わっているなどと思ってはならない。私たちは生々世々、常に喧騒に満ちた世間で生きてきたため、心もまた雑念に慣れ親しんでいる。では、なぜ閉関するのか。それは孤独に慣れるためである。なぜなら、死を迎えるときは、誰もが孤独で静寂の中にあるからである。それには練習が必要であり、今この時から練習を始めなければならない。
この7日間は、あらゆる外的な縁を断ち切ってこそ、自らの心を見つめ、自らの内なる声を聞くことができる。そして初めて心を真に静め、本尊を修持し、あるいは一つの法に専念して修行することができる。しかし、それでもなお、自分自身が自分の心を妨げ、あれこれと思いを巡らせてしまうのである。
閉関修行は、なお福徳資糧を積む段階に属するものである。福徳資糧が十分に備わって初めて加行の段階に入り、修行の力をさらに強めることができる。その後に見道、すなわち仏が歩まれた修行の道を見出す段階があり、さらにその先に修道、すなわち菩薩道を実践していく段階がある。
多くの出家者は、閉関修行は悟りを開くためのものだと考えている。リンポチェは、その場にいた一人の男性出家者を指し、「この人もそうであり、悟りを求めて閉関している」と話された。しかし、福徳も功徳も備わっていなければ、たとえ百年閉関したとしても悟りを開くことはできない。もし今なおそのように考えているのであれば、閉関修行はしないほうがよい。
今回の閉関は「死関」ではないため、求められる条件はそれほど厳しくない。死関であれば、その規定は極めて厳格である。したがって、入浴したければしてよいし、したくなければ身体の大切な部分を洗い流すだけでもよい。また、食事は満腹になるまで食べてはならない。私自身の修行経験から言えば、少し空腹を感じるくらいがちょうどよい。食べ過ぎると昏沈を招き、かえって修行の妨げとなる。
毎日、自分で一日に何座修するかを決めなさい。回数を急いでこなそうとしてはならない。大切なのは回数ではなく、自分が目標とする回数を着実に修めることである。持誦中は身体をあちこち動かさず、数珠一巡分の持誦を終えるまでは席を立ってはならない。途中で立ち上がった場合、その一座は修したことにはならない。毎座の最後には、白い紙に記された文を読誦すること。これは前回すでに配布したが、今回初めて閉関に参加する者には、後ほど配布する。上師相応法を修する際は、夜の最後の一座で回向を行い、法本の巻末にある回向文を読誦しなさい。回向を終えた後はアキ護法を修し、閉関修行が円満に成就するようアキ護法に祈願すること。回向の際、本尊をすべてお送りしてはならない。本尊には智慧尊と報身尊の二種があり、智慧尊は前方にお留まりいただき、報身尊は自らの身に融け入るよう観想するのである。
閉関修行最終日は、午前9時に出関し、9時30分から火供を修する。現在は午後3時30分であるため、午後5時になったら各自の関房へ入りなさい。体調の優れない者は、無理をしてはならない。
その後、弟子たちはリンポチェを法座よりお見送りし、午後5時にそれぞれの関房へ入り、正式に閉関修行を開始した。
6月25日正午、リンポチェは慈悲をもって次のようにご指示くださった。「閉関者は午前8時30分に出関しなさい。出関する前に、関房で一座修してから出ること。金曜日の火供は午前9時から行う。」と。
6月26日午前8時10分、リンポチェは、関房で出関の準備をしていた弟子たちに対し、上師相応法の法本を持参するよう、再び慈悲をもってご指示くださった。弟子たちはそのご指示に従い、午前8時30分に出関した。当日は大雨のため火供は中止となり、一同はご指示に従って仏寺大殿へ向かい、リンポチェの出関を恭しくお迎えした。
午前9時、リンポチェは仏寺大殿において法座に登られ、まずアキ護法および武のアキ護法の儀軌を修持された。続いて、慈悲をもって上師相応法の口伝を授けられ、法本の内容について詳細にご開示になるとともに、その修持方法をご指導くださり、弟子たちは修持の要義を明確に理解することができた。
リンポチェは、上師相応法の口伝を円満に授けられた後、次のようにご開示くださった。
今日は雨のため、火供を修することができなかったので、皆のために金剛薩埵の修法を行う。皆は真言を持誦するとき、心が乱れ、散乱し、あちこちへ飛んでしまい、一つに集中することができない。そのため、金剛薩埵の修法を修し、皆が持誦した真言を一つに集めるのである。
リンポチェが上師相応法の口伝を授けられ、金剛薩埵の修法を修持されると、リンポチェの尊身と壇城は黄金色の光を放ち、大地は震動した。さらに、大殿には勝妙なる香りが立ち込め、その芳香は法会が円満に終了するまで長く漂い続けた。
法会が円満に終了すると、雨はすでに止み、雲は晴れて空は明るく澄み渡り、心地よい風が穏やかに吹き、空気は清らかで爽やかであった。あたり一面は潤いに満ち、明るく清々しい景色が広がっていた。リンポチェは、尽きることのない慈悲をもって、労を惜しむことなく衆生を利益され、少しも倦むことはなかった。弟子たちは、ただ上師のご教導を心に深く刻み、上師に対して完全なる恭敬と揺るぎない信を具え、いささかの疑いも抱くことなく、上師の慈悲深きご教導という深く重い御恩に報いていくことを誓うのである。